2016.03.28 00:00 更新
2016.03.28 取材
アキバのあちこちと繋がる、アキバブロードキャスターのササキチがお送りする「アキバガジェット」。今回は、かつて秋葉原が“羅紗屋”の街だった頃の面影を今に残す「岡昌裏地ボタン店」にお邪魔します。創業は明治30年、お店の建物も築約90年というこの場所にて、まさにアキバの生き字引なご店主を相手に昔話と洒落込もう。
どうもこんにちは、アキバ大好きササキチです!皆さんもこの街に色んなイメージを持っていますよね。電気街だったりオタクの街だったり・・・でもずっと前は、テーラーさんや生地屋さんが軒を連ねるアパレルの街でした。今はもうほとんどその面影はないワケですが、今回お邪魔する「岡昌裏地ボタン店」さんには、当時そのままの雰囲気が色濃く残っています。スーツの裏地やボタン、絹糸を扱う、いわゆる“羅紗屋”さんで、創業はなんと明治30年!以来ずっとこの場所にお店を構えているという、超老舗ですよ。今日はいつもとちょっと趣向を変えて、古いアキバの歴史の1ページを覗きにいきましょう!
今ではスーツを買おうと思ったら、アオキや青山で既成品を求めるのが普通かもしれません。でも昔はスーツといったらオーダースーツのこと。バブルの頃までは、「岡昌」さんのある須田町から岩本町にかけて、びっしりとテーラーさんや羅紗屋さんが並んでいたそうです。当時は神田の“羅紗屋街”といえば超有名で、わざわざ地方からスーツを仕立てにやってくる人も大勢いたとか。次から次に注文が舞い込んで、それはもう大繁盛だったそうですよ。売り出しの時は、街中に紅白の幕が垂らされて盛り上がったとかで、想像するだけで壮観です。
そしてお店の方では、買ってくれたお客さんのために抽選会を開いたり、「肉の万世」の割引券をプレゼントしたり・・・このあたりのサービスは、昔からあったものなんですね(笑)。当時はアキバにスーツを仕立てに来て、その足でステーキを食って帰る、といった具合だったんでしょうか。
そんな「岡昌」さんのお店ですが、実は一度関東大震災(大正12年 / 1923年)の時に焼けてしまっています。今の建物は昭和3年(1928年)に建てなおされたもので、なんと今年で築88年!しかも単に古いだけじゃなく(失礼)、近代建築史上に名を残す“看板建築”って様式なんですよ。なんでも震災後の復興期にたくさん建てられた様式で、建物の前面が看板兼用の衝立みたいになっているからそう呼ばれるとか。当時はこの辺り一面が同じような看板建築のお店だったところ、業界の需要が落ち着いてくると、ほとんどのお店が廃業したりして、すっかり姿を消してしまいました。今じゃあ残っているのは、この「岡昌」さん含めほんのちょっとだけですよ。
ちなみにバブルの時期には、「岡昌」さんにも「10億で土地を譲ってくれないか」なんて話があったそうです。「10億で売ってたらどうなってたかな」なんてご店主は笑ってますけど、たぶん昔に戻っても結局売らないで終わりそうな気がする(笑)。江戸っ子らしい頑固さというか、ずっとここで商売を続けてきたこだわりを感じますね。
周りのテーラーさんが減ってしまったのもあって、今では「岡昌」さんも個人のお客さんを相手にする方が多いらしいです。実はこのササキチもちょくちょくボタンを買わせてもらってまして、アクセ制作に重宝しています。何しろここにしかないような、カッコいいボタンがたくさんあるんですよ。裏地の方はまだご用がないですけど・・・その内ビッグになってスーツを仕立てる段になったら、ぜひココで選びたいですね。“アキバで仕立てたスーツ”とか、まさにこのオレに相応しい(笑)!街の様子は変わってしまったかもしれないけど、「岡昌」さんには昔のアキバそのままに、ずっと営業を続けて欲しいですね。
まさに「伝統の香り」漂う店内にて、往年のCrombieのポスターを背にキメるササキチの図。「岡昌」さんは朝8時から夕方6時まで、日曜・祝日以外は毎日営業しているぞ |
文: GDM編集部 絵踏 一
岡昌裏地ボタン店:
CoreRare(ササキチ): http://www.corerare.com/