2019.04.21 00:00 更新
2019.04.21 取材
PCやスマホ三昧の僕らに潤いの1冊・・・。旅する書評家・北村有さんが"これぞ”と思った本を紹介してくれます。週末くらいは液晶画面から離れて、ゆっくり読書はいかがでしょうか。
鎌倉駅前にある某書店に足を踏み入れると、鎌倉に関する小説や雑誌が置かれている特設コーナーがあります。どこの観光地でも同じなのかもしれませんが、鎌倉という地にとくに愛着がわきつつある私は、特に用事もないのにそのコーナーに立ち寄ることが、最早日課となりつつある今日このごろ。
皆さま、お花見はしましたか? 旅する書評家の北村です。
鎌倉の地にまつわる小説を読みたい、と思い立って、手にとったのが小川糸さんの「ツバキ文具店」。鎌倉に居を構えるツバキ文具店を女性1人の手で切り盛りしている主人公・鳩子(あだ名はポッポちゃん)を中心に、愉快なキャラクターたちが織りなすあたたかいストーリーが、ほっと優しく心をゆるませてくれる作品です。
鎌倉に来たことがある方も、住んだことがある方も、まだ訪れたことがない方も、ぜひこの物語の中に入り込んでみてほしい。そんな気持ちで紹介したいと思います。
ツバキ文具店 (幻冬舎文庫) 著者:小川 糸 2018年8月3日発売(346ページ) 定価:600円+税 判型/仕様:文庫 ISBN:978-4344427617 |
鎌倉を舞台にしたこちらの小説「ツバキ文具店」。実際に鎌倉の地に存在する場所がいくつか登場します。
ごみ捨て場にもなっている「夢の橋」の袂。御成通りにあるプール付きのスターバックス。私が初めて鎌倉を訪れたとき、「面白い場所があるんですよ」といわれて案内してもらったのがこのスターバックスで、ああ、鎌倉ではこれほどに有名なんだと改めて実感することができました。
こんな風に、小説の中に登場する場所や地名が実在するとわかると、なおかつその場に訪れたことがある場合にはとくに、ストーリーへの没入具合が変わってくるように思います。
私はこれまであまり「小説やドラマに登場した、あの場所」へ意識して訪れたことがありません。だからこそ、この小説を通して不思議な感覚を覚え、また違った感動を味わうことができました。
小説の中の人物だけれど、息遣いが聞こえてくる。あのキャラクターが実際に訪れて、笑って、泣いて、悔しがって、絆を深め合った場所。まるで一緒に行動を共にし、悩みを打ち明けた同士のような感慨に浸ることもできるから不思議です。
ここまで書いてしまうと、いささか没入しすぎでしょうか。
時間が許す限り、ぜひその感覚を体験してみてほしいと強く思います。巷では「聖地巡礼」という言葉でも表現されるようですが、より一層深い部分で物語を味わい尽くすことができるんです。
かなうことなら、この「ツバキ文具店」をお供に、鎌倉観光をしてみるのが最もオツではないでしょうか?
本が好きで、読書が好きで、どんなに時間がなかったとしても無理矢理に穴をこじ開けるような気持ちで、日々活字に触れる瞬間を1秒でも設けなければ、そわそわして仕方がありません。
だからこそ、「小説だけしか読まない」「ビジネス書だけしか読まない」と、同じ読書好きでもジャンルを固定してしまっている方に出会うと、貴重な可能性が潰されている閉塞感のようなものを感じてしまいます。
いいえ、読書は本来、各々が読みたい本を読みたい時に読むのが、楽しみ方というものです。他人がなんだかんだと横から口を出すのが、そもそも間違っています。
ただ、同じ種類の本を読むのでも、「能動的に」読むのとそうでないのとでは、身体の中に残る感覚や知識や疑似体験そのものが大きく変わってくる気がしてなりません。
その土地にまつわる物語を読んだら、実際に足を運んでみる。実在する名産品や食材・料理などがでてきたら、入手して口にしてみる。そのキャラクターになったつもりで、目で見て鼻で嗅いで口で味わって肌感覚で空気をまとう。
登場人物になりきるのと同時に、その世界を形づくり文章を紡いだ筆者さん自身にも憑依できる気がしています。考えを、思考回路をインストールする。何を表現したくてこの言葉を選んだのか、何を伝えたくて、何を思ってほしくてこの構成にしたのか。
「人は、1人では生きられない」とよく言われますが、助け合い支え合うという意味合い以外にも、自分ではない違う人間の感覚や考え方をインストールすることによって、個人の価値観に凝り固まることを防げるというメッセージも含まれているのではないでしょうか。
本を読むこと、ストーリーの中へ深く深く没入していくことは、独りよがりになるのを防ぎ、視点を重層化させる助けとなってくれます。
「ツバキ文具店」の主人公・ポッポちゃんは、若くして店を切り盛りし、代書屋として生計を立てる女性ですが、彼女と一緒に笑い、泣き、悩み苦しみ、そして人との繋がりを実感する体験を追うことが、人間を深くしてくれる一助となるのでしょう。
「能動的な読書」、ぜひあなたにも試してみてほしいと思います。実践してみた感想などありましたら、ぜひ私に教えてください。待っています。
北村有(きたむら・ゆう) 国内一人旅と読書が趣味なフリーライター・旅する書評家。 ブログ:https://kitayu.net Twitter:https://twitter.com/yuu_uu_ |
文: フリーライター・旅する書評家 北村 有