2019.07.21 00:00 更新
2019.07.21 取材
少々不可解なタイトルではじめてしまって、大変申し訳ありません。
旅する書評家を名乗っております、北村と申します。
さっそくですが、「考えても意味がないことを考える」ことについて、皆さんはどう思われるでしょうか?
マイケル・サンデルの「これからの『正義』の話をしよう」を手に取り、(私にとってはとても)難解な文面を追っていくうちに、なんだか頭の中が「正義」と「哲学」に埋め尽くされてきました。
正義ってなんでしょう。
哲学ってなんでしょう。
正しいこと、違うこと、善悪、正誤。
これらのことは、確かに考えても考えなくても実生活にはなんら影響を及ぼさない事柄ですが、「考えること自体」に意味があるのではないか? と、思えるようになってきました。
これまでとは少々雰囲気が変わった書評になることを、早めにお断りしておきます。
これからの「正義」の話をしよう 著者:マイケル サンデル 出版社:早川書房 2011年11月25日発売(475ページ) 定価:972円(税込) 判型/仕様:文庫本 ISBN:978-4480426260 |
考えても意味のないこと、言い換えると、人それぞれの答えがあるので絶対解は存在しない事柄の代表枠は、「正義」ではないでしょうか。
本書のタイトルにも使われている、この正義という言葉。これまでの人類の歴史を振り返ってみても、この正義のために良かれと思って決断した行動が、悲しい結末を生んだ例もたくさんあります。
この世から戦争が未だに消えてなくならないのも、人ぞれぞれ、国それぞれの「正義」が拮抗しているからではないでしょうか。
ここで、あえて「あなたにとっての正義について考えてください」と言われたら、あなたは何と答えますか?
拒否するのか。一言でもいいから言葉をひねり出すのか。何についての正義なのか前提や定義をはっきりさせようとするのか。もしかしたら、正義なんて存在しないという答えを出す方も、多いかもしれませんね。
まさに正義は、考える人によって千差万別。
出自が違う、生まれ育った環境も性別も違う、育まれた考え方も違う億の人間が、それぞれの思考回路で導き出した答えは、違って当たり前です。
私も、この「これからの『正義』の話をしよう」を読みながら、自分にとっての正義と世の中にとっての正義(というものがあるのだとしたら)は、違うことも有り得るのだという学びを得ました。それと同時に、決して自分の考えが多数派の賛成を得られるような、褒められたものではない可能性もある、ということを。
言葉にしてみたら、当たり前のことかもしれません。
自分にとっての正解が、隣人にとっては不正解であることは、往々にして想像がつきます。それでも、あえて考えることが重要だと繰り返し述べたいのです。
なぜなら、世の中で発生するすべての悲しい出来事は、「自分は間違っていない」という誤解から起こることがほとんどだから。
立て続けに起こった(ように見える)高齢者の運転事故、巻き込まれた散歩中の子どもたち、過剰に糾弾された保育士たち。ここには、それぞれの正義が隠れています。
高齢者と分類される年齢に該当する側は、得てして自分のことを「一般的な高齢者」だとは思っていないこともある。自分は大丈夫、まだまだ健康だし、免許を返納するには早いと自己判断しているケースのほうが多いでしょう。
大切な子どもたちの命を預かる保育園・保育士の側にだって正義はあります。「子どもたちを守る」という信念は誰一人欠けていなかったはずです。起こったのは不幸な事故であり、法に則って裁かれるべき存在は別にいる。あれほどまでに園側の「正義」を追求することが、果たして何を生むのでしょうか?
事件を報道する側、その情報を受け取る側にも「正義」は発生します。あらゆる立場の人間が、それぞれの視点から見えた情報でもって意見を言う。
このときに最も大切なのは、自分の意見が正しいと押し通すことではなく、糾弾を恐れて口を閉ざすことでもなく、意見を表明しながらも「違う視点に立つ者」がいることを意識すること、決して自分の意見が「絶対に正しいわけではない」ことを知っておくことです。
面と向かって、あなたの意見は正しくない、間違っていると言われたら、気分を害さずにいるのは難しいかもしれません。
それでも、本質的な核を見失わないためには、自分とは違う意見も存在することを前提条件とすること。そのためにも、読書は一役買ってくれるはずです。
たくさんの大切な気づきを、この本は教えてくれました。
翻訳書ですし、人によっては読みにくい部分も多々あると思います。実際に、私も読み通すのにはとても苦労しました。
ですが、あえて自分にとっては難しいと感じられる本にチャレンジすることにも、大きな意味があると思います。
自分の可能性や世界は、これまで触れてこなかった領域に触れることでしか広がりません。ぜひ、その一歩に「これからの『正義』の話をしよう」をおすすめします。
北村有(きたむら・ゆう) 国内一人旅と読書が趣味なフリーライター・旅する書評家。 ブログ:https://kitayu.net Twitter:https://twitter.com/yuu_uu_ |
文: フリーライター・旅する書評家 北村 有