絵踏一のKeyboard一点突破 Vol.2
2013.01.01 更新
文:GDM編集部 絵踏 一
かつて世界の頂点に君臨していたメカニカルスイッチALPS軸。その中から、「MODEL 101」にはクリック感のあるピンク軸が採用されている |
さて、本項では「MODEL 101」が搭載するアルプススイッチについて、特許情報を参照しつつざっくりとご紹介していこう。1985年に出願(1987年発行)されたこの特許、タイトルに「PUSHBUTTON SWITCH WITH AURAL CONFIRMATION OF OPERATION」(聴覚で操作を確認できる押しボタンスイッチ)という興味深い一文を確認できる。つまるところ、スイッチが導通するタイミングで感触(tactile feel)による反応が起こると同時に、スイッチ機構からの動作音(clicking sound)も合わせて知覚できるようにしようという人間工学的な試みだ。アルプススイッチはこのコンセプトを実に精緻なスイッチ機構により実現している。
アルプススイッチの断面図。「4」の部分がスライダーを受け止めるスプリングで、それを左右から板バネで支えるという仕組み。「5」の部分に板バネが接触することで導通する | スライダーが押し込まれるにつれ、板バネの形状変化で荷重が変化する。左側の板バネの先端部分でクリック感が演出される仕組みだ |
スライダーが板バネを押し切り、底打ちした状態。右側の板バネは「5」に接触して導通し、左側の板バネはケース内壁を叩いて音を鳴らす | スイッチのアセンブリを分解してみる。中央のスプリングの左右には突起が設けられていて、ここがスライダーと接触することで底打ち感と打鍵音を生み出している |
断面図では多少分かりにくいのだが、アルプススイッチの中心には荷重を生み出すスプリングが配置され、中央のスライダーを受け止めている。それを左右から板状のバネで支えつつ、荷重に変化を与えているという仕組みだ。
断面図を順番に確認していくと、スライダーを押し込むごとにリニアに反発力が増していき、板バネの形状変化でクリック感を演出。そのタイミングで右側(樹脂側)の板バネが接点に触れて導通し、同時に左側の板バネがケース内壁を叩いて音を鳴らすという機構になっている。さらにスイッチ底面の突起がスライダーと当たることで、底打ち感を生み出すと同時に反響音が発生し、聴覚による知覚を確実なものにするという流れ。なんとも実によくできたスイッチ機構だと感心してしまう。
また、その過程における打鍵感も素晴らしく、スライダーを押し込む際の柔らかでシルキーな感触と、硬質な底打ち感のハーモニーが実に堪えられない。“シャカシャカ”とでも言おうか“シャコシャコ”と例えるべきか、メリハリが効いて適度に甲高い打鍵音も心地よく、高速で打つほどに快感の度合いも増していく。「MODEL 101」の搭載するALPSピンク軸は、数あるメカニカルスイッチの中でも白眉といえる存在だ。
アルプススイッチ採用キーボードは総じて優れた製品が多いのだが、特にDELL「MODEL 101」のような初期生産型のモデルは、完成度の高さや妥協のなさから“最高のメカニカルキーボード”の一つと言い切っても過言ではないように思える。スイッチや筐体、鋼板などの内部機構やキートップ、カールコードなどの細部に至るまで、キーボードに惜しげも無くコストをかけられた、幸せな時代の証言者だ。BigFootの巨体が放つ迫力、精緻なアルプススイッチが生み出す魅惑の打鍵感、さらに入力することで奏でられる楽器のような音色と、この製品にはキーボードがもつ魅力のすべてが詰め込まれている。
打ってよし、聴いてよし、使ってよしなDELL「MODEL 101」。アルプススイッチ搭載のBigFootを一度はお試しあれ |
しかしやや難があるとすれば、メンテナンスの問題かもしれない。元来アルプススイッチのスライダーには乾式の潤滑剤が使用されていて、それも滑らかな打鍵感に一役買っている。ところが生産から年月が経っていることもあり、オークションなどで入手した物の中には潤滑剤の効果がすっかり消滅してしまっている個体も少なくない。長く死蔵してしまっているモデルにも同じことが言えるわけだが、潤滑効果が切れたアルプススイッチの感触はかなり無残。滑らかでシャープな打ち心地はガサガサした味気ないものに変貌し、下手をすればスライダーが途中で引っかかってしまう場合すらある。
もちろん潤滑剤を塗り直してあげれば万事解決なのだが、スイッチを分解する必要上、急に難易度が上がってしまうのが厄介なところ。潤滑剤自体は株式会社タフ・インターナショナルが販売しているフッ素系水性潤滑剤「RO-59tm KT」などが使用できるため、打鍵感に不満が出てきたら思い切って軸のメンテナンスにチャレンジしてみるのもいいかもしれない。
慣れると案外楽しいアルプススイッチのメンテナンス。分解、洗浄、潤滑剤塗布(複数回)と手間はかかるものの、施術後の効果が目に見えて表れるのでやりがいがある |
少々話が脱線してしまった。やはり古い物との付き合いには多少の面倒がつきものではあるものの、DELL「MODEL 101」をはじめとするアルプススイッチ搭載のBigFootシリーズは間違いなく珠玉の逸品。キーボードに価値を見出す人ならぜひに一度お試しいただきたい。そしてアルプススイッチのキーボードを眠らせているベテラン勢も、これを機会に押入れの中から巨大な鍵盤を引っ張りだし、古き良きメカニカルの感触に酔いしれてみてはいかがだろうか。